龍光寺(竜光寺)-天澤山- 金毘羅寺・早春賦ゆかりの寺
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てんたくざん りょうこうじ
龍光寺

宗派
禪宗(臨済宗) 東福寺派
開山
  虎伯大宣禅師
(東福寺240世、鈴鹿龍光寺中興24代)
開基
  肥前唐津藩小笠原家
三河吉田城主小笠原壱岐守忠知公
讃岐丸亀城主京極刑部少輔高和公
創立
  寛永9年(1632)2月
明暦2年(1656)11月現在地に移転
主な事柄
 
宝元年8月17日 開山虎伯大宣禅師遷化(世壽六十八)
享保6年3月 類焼の難に遭い什物、旧記等大半を焼失
明治元年 廃仏毀釈 頷翁和尚入山 寺運再興
昭和20年3月 第二次世界大戦東京大空襲により伽藍を焼失
荻洲和尚伽藍再興
昭和44年 本堂落慶
昭和57年 書院落慶
平成20年5月10日 金毘羅堂復興



寛永年間の始め、伊勢(鈴鹿)龍光寺虎伯禅師は三代将軍家光公に請われ、芝の金地院に於いて禪書『碧巌録』を講じてよりその名声は一時に高くなり、諸侯を初め知名の人々も日を追って帰依するに至った。

当初、親交のあった幕府の主官医・大橋隆慶法印の宅畔に僅かばかりの土地を借りて小庵を営んで居たが、後に牛込矢来下に官地若干を賜り、ここに一宇を建立して、伊勢と同じく天澤山龍光寺と称し、伊勢(鈴鹿)龍光寺の別院とした。

中でも、特に信仰の深かった京極、小笠原の両氏は廟所を當寺に定め、それにより両氏を当寺の開基とした。明暦二年、此地は御用地となり酒井讃岐守により豊島郡駒込村(現在地)に三千六百坪を拝領し移転改築した。


当寺著作出版物『伊勢龍光寺誌』より引用


虎伯大宣禅師
伊勢(鈴鹿)龍光寺


家光公に碧巌録を講じた際の開講の偈
ー虎伯禅師筆ー (鈴鹿龍光寺蔵)
本尊(釈迦如来座像)

第二次世界大戦前は釈迦立像でしたが昭和20年の東京大空襲の戦火で焼失し、戦後、蒔絵師の浅田寛美氏が護国寺より譲り受け当寺に寄進した仏様です。

 

※当ホームページ掲載の情報をWikipedia:龍光寺(文京区)へ投稿いたしました。