龍光寺(竜光寺)-天澤山- 金毘羅寺・早春賦ゆかりの寺
龍光寺(竜光寺)についてこんぴらさん開基早春賦龍光寺(竜光寺) ゆかりの寺吉丸一昌さんはじめゆかりの人々龍光寺(竜光寺)-行事のご案内龍光寺(竜光寺)本山 龍光寺(竜光寺)アクセスマップお問合せEnglish



開基 丸亀京極家

京極 刑部 少輔 高和公
 きょうごく  きょうぶ  しょうゆう  たかかず   

法名 徳源院殿特英道達大居士

 

元和5年(1619)3月10日〜寛文2年(1662)9月13日
播磨龍野藩主、讃岐丸亀初代藩主安毛高政の長男 幼名:小法師
母 :本庄家より 正室:市子(藤堂高次の娘)
子 :高豊、阿久里(宗義真正室) 熊子、宮子(今出川公規室)
官位:従五位下 刑部少輔 
墓所:米原市清滝・徳源院

寛永 8年(1631) 叙任
寛永14年(1637) 京極忠高死去(高和の叔父、高和は晩年に養子となる。
           播磨龍野6万石へと減封される。
万治元年(1658) 讃岐丸亀5万石、播磨揖保郡網干1万石、計6万石に移封となる。
万治 3年(1660) 讃岐『金毘羅大権現』を江戸三田の藩邸に勧請。
           毎月10日に邸内を開いて町民を参拝させる。
            (現在の虎ノ門金刀比羅宮)。
同 年       丸亀城の天守閣を完成させる。

寛文2年(1662) 京都において44歳で死去。跡を次男の高豊が継ぐ。
 

京極家 京極高美 京極高迢